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クロアチア旅行・プロローグ
突然、クロアチアといわれても、どんな国かもわからない。サッカーのワールドカップで日本と戦った相手とか、旧ユーゴスラビアに属していた国だったこと、そして10年前に内戦があったことなどの基礎知識しか持ち合わせていなかった。

クロアチア地図6
<クロアチアの地図>

まして、クロアチアへ旅行するなどとは、1年前には全く考えていないことだった。
それが、<行こう!>という決断をしたのは、私が以前勤めていた会社の先輩が、現在クロアチアに在住されており、「遊びに来ませんか!」というお誘いを受けたからだ。

しかし、それでも<怖い国>というイメージをまだまだ持っていたので旅行の決断は出来なかった。その怖い国を払拭してくれたのは、日曜日のテレビ「世界ふしぎ発見!」で、クロアチアの美しさ<青い海と空>をすばらしい映像で紹介されていたからだ。

そして、我々夫婦の結婚30周年も兼ねていたので旅行の決断が早かった。二人一緒に海外旅行をするのは実に30年ぶりだった。

それから準備を始め、航空券を手配したのは半年ほど前の4月だった。旅行の日程を9月にしたのは、7月や8月の観光シーズンのピークを過ぎていていることや、まだまだ過ごしやすい気候であるという点も強かった。

名古屋からは、ルフトハンザ航空のフランクフルト経由でザグレブまで行ける。ルフトハンザ航空がほんの1〜2ヶ月前にセントレアに就航していたことも助かった。東京からだとオーストリア航空を使ってウィーン経由で行くことになる。セントレアからだと時間も短縮し、しかも航空券も安く上がる。
<HISで格安航空券を買った。でも9月出発・土曜日出発のため、4月出発の旅行に比べてまだまだ高かった。>

旅行のスケジュールはクロアチア在住の先輩が、作ってくださった。
最初の旅行スケジュールでは、私たち二人がクロアチア国内を二人きりで弥次さん喜多さんの珍道中という予定だった。しかし、どうみても言葉が不自由、しかも、旅行慣れしていない我々の不安を考えてくださったのか、先輩の友人方をお誘いくださり、計7人というミニバンを使っての旅行パックを作っていただいた。

実際、二人きりの旅行だと、カバンはリュックにしようか?それともごろごろとカバンを引っぱっていこうか?トイレに行くときはどうしたらいいのか?などなど、色々な不安があったが、それが一掃した。

旅行を終えた今、考えてみても、到底二人きりでは楽しい旅行にならなかったと感じている。おかげさまで本当に楽しい旅でした。

本当に助かりました。ありがとうございました。

以下に旅行のスケジュールを記載します。

2006年9月16日 名古屋⇒フランクフルト⇒ザグレブ
     9月17日 ザグレブ⇒プリトヴィッツェ国立公園<世界遺産>
     9月18日 プリトヴィッツェ⇒クルカ⇒シベニク⇒トロギール⇒スプリット
     9月19日 スプリット⇒プロチェ⇒ストン⇒オレビッチ⇒コルチュラ島
     9月20日 コルチュラ島⇒オレビッチ⇒ドゥブロヴニク<世界遺産>
     9月21日 ドゥブロヴニク⇒モスタル<ボスニア・ヘルツェゴビナ>⇒ドゥブロヴニク
     9月22日 ドゥブロヴニク⇒ザグレブ
     9月23日〜24日 ザグレブ⇒フランクフルト⇒名古屋

これから旅行記が始まります。ご笑読ください!

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カテゴリ:旅行 | 18:26 | comments(1) | -
2006年9月16日 名古屋⇒フランクフルト⇒ザグレブ
9月16日、今日からクロアチア旅行の始まりだ。

昨晩は会社で残務処理をしてたが、とんだトラブルに遭遇した。デジカメの中の写真を取り出してパソコンに入れ込んだ後、SDカードをカメラにいれた途端、デジカメがカード不良のメッセージをフラッシュし始めた。あわてたが、どうやっても直らない。

早速ビックカメラに電話して9時まで営業していることの確認を取った。急いで売り場に行き、事情を説明。その場で復旧したが、明日から旅行という旨を伝えたら、SDカードを新品と取り替えてくれた。買って1カ月ということもあったかもしれない。

その後、再度会社に戻り、明日からの引き継ぎ書を書き綴った。

今日朝、次男に金山駅まで車で送ってもらいセントレアまで名鉄電車で移動。さすが連休初日だけあって大勢の人だ。2時間前にセントレアに到着しても、時間を持て余すこともなく、並び並んで淡々と進む。航空会社の列には、赤ちゃんをベビーカーに乗せた外人夫婦、結婚式の衣装を持ち込もうとしている新婚さんなどの風景も見られた。

出国時に注意していた点は、水などの持ち込みは出来るかどうかという点だった。
何度も何度も確認したが、ヨーロッパ便では現在のところ規制は無いという返事だった。

その事ばかりに気をとられていたせいだろうか? 出国時に荷物検査で、文具入れの中のハサミを発見され、即没収。すぐに廃棄処分されるため、帰国時に返却は出来ないといわれ、あきらめて廃棄ボックスへ投函。
家内から事前の持ち物未確認と落ち着きがないことを叱責された。

今、機内での昼食も終わり、この旅行記を書いている。飛行後4時間経過。飛行機内はかなり冷房が効いていて、長袖2枚を着ている。本当に寒いくらい。現地がどれほど寒いかと思うと心配になってくる。本は4冊持ってきた。普段読もうと思ってもなかなか読めない物だ。パウロ・コエーリョの「第五の山」、ダンテの「神曲ー地獄編」、新渡戸稲造の「武士道」、司馬遼太郎の「人間というもの」だ。たった今、第五の山を読み始めた。

ところで、初めて知ったことがあった。ヨーロッパへは、アラスカとか北極圏経由かと思っていたが、なんとシベリア上空を飛んでいる。かつて大韓航空機の撃墜があったので、ロシア上空を飛んでいるなんて不思議な気持ちだ。
12時間のフライトで、フランクフルト空港に到着。2回の食事と1回のスナックタイム、ほとんど動きがない状態でもすべて完食。第五の山も読破、1冊完了。でも同じ作者でもアルケミストの方が秀作だったような気がする。

フランクフルト空港
<フランクフルト空港にて>

今フランクフルト空港の待ち合いで次のザグレブ行きのフライトまで4時間以上の待ち。4時間の間、何をしたらいいかわからない。 2冊目の本、「神曲」に挑戦。だが、難しすぎてなかなか進まない。

そこで、ドコモでレンタルした海外用携帯電話が、つながるかどうか確かめる。立ち上げたら最初、圏外の表示が出てたのであわてたが、しばらくしたらアンテナが立ったので安心。

今、現地時間の午後7時。日本時間の夜中の2時。待ち合いのソファで椅子に座りザグレブへの出発時間まで時間つぶし。ちょっと早いけど出発ゲートまで行って見たら、1時間以上も前なのに搭乗の手続きをしてくれて、中にある待ち合いに入れてもらえた。

最初、日本人は我々二人だけかと思ったら、後から後から日本人の団体がぞろぞろ入ってきた。ここまで、日本からのツアーがあるとは、またびっくり。ここからは1時間余の最後のフライト。あとは、空港に先輩がお出迎えに来ていただいているかどうかだけが気がかりだ。予定より10分程送れたが、無事ザグレブに到着。

お迎えの先輩とも対面。3週間程前の名古屋駅での邂逅以来だ。ザグレブの夜をホテルまでドライブしたが、静かな町だ。深夜ということもあり車が少ない上に道も広い。同様に空港も日本のローカル空港のような感じで、華やかさも賑わいもない。ホテルは他のメンバーが泊まっている同じパレスホテルだ。明日、ご対面だ。旅馴れた方たちばかりの中に、我々新参が入ったという感じだ。

今、現地時間の夜中の12時半、日本時間の朝7時半、徹夜マージャンをやった後のような状態だ。

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カテゴリ:旅行 | 18:51 | comments(1) | -
9月17日 ザグレブ⇒プリトヴィッツェ国立公園<世界遺産>
夜中に3度もトイレに行った。
昨日の機内での水分の取り過ぎと冷房による体の冷えのようだ。なにしろルフトハンザの機内が無茶苦茶に寒く、長袖2枚を着た上に毛布を膝掛けにしてすわっていたような状態だった。

朝5時半、起床。シャワーを浴び、7時に朝食。ホテルの朝食は、バイキング。どこのバイキングも似通ったものだが、ソーセージが、うまい。8時40分にフロントに集合。初顔合わせだ。朝食を向こうの方のテーブルで食べていた人達だった。予想どおりだった。

早速、ミニバンに7人が乗って出発。ユネスコの世界遺産であり国立公園でもある、プリトヴィッツェに到着。

プリトー2

<プリトヴィッチェ国立公園内>

プリトー3

ここは、沼と湖と池、そしてせせらぎと滝が無数に混在する日本にはない景勝地だ。無数のせせらぎが集まって湖になり、そして無数の滝をつくりまた湖をつくる繰り返しを数百メートルの高度差で形作っている。その公園内をトレッキングしながら巡回する。

プリトー車
<3両連結のバス>

プリトー1
<プリトヴィッチェ国立公園内>

ここで、私にとって今まで見たこともない3両連結のバスに乗り、最高度の地点まで昇る。そして遊歩道を巡回しながら山を下り、また湖を遊覧船に乗って移動もする。

プリトー湖
<湖を渡る遊覧船から>

ゆるやかな傾斜とすばらしい景色を見ながらのトレッキングなのか、ほとんど疲れない。生憎の小雨まじりの中ではあったが、2時間ほどで雨も上がり、ほとんど汗をかかないトレッキングだった。12時から17時まで休憩を挟みながら歩き回った。日本人の観光客とも何度も遭遇する。日本人の団体かなと思ったら韓国の団体さんだったりする。ここもかなり日本や海外の観光会社の新たな市場のようだ。

ホテルからは19時に集合して、近くのレストランへ夕食を食べに行く。少しおなかがゆるくなっていたので、百草丸を20錠飲み、集合する。家内からは冷たいものや食事の食べ過ぎを注意される。この国では、一人分の量がかなり多いので4人分を取って7人でシェアする。これほどの量の多さだ。無事食事も終わった。

明日は海の見える所(スプリット)まで移動する。楽しみだ。

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カテゴリ:旅行 | 16:57 | comments(0) | -
9月18日 プリトヴィッツェ⇒クルカ⇒シベニク⇒トロギール⇒スプリット
昨夜は早く寝たため、4時ころから目が覚め、寝られないので5時前に起床。

歯を磨き、トイレに向かう。お腹の調子も回復した。7時に朝食バイキング。ヨーグルトに果物のシロップ煮をかけて食べる。期待するソーセージが1種類しかないのが気になった。トマトジュースが濃厚でおいしい。アップルパイは昨夜のしっとりとしたパイ生地と違って、通常のパイ生地だ。

今日は8時半に集合。ミニバンも同じだ。最初の訪問地は、クルカ国立公園だ。昨日のプリトヴィッチェとよく似た川と滝の景勝地だ。昨日のプリトヴィッチェが壮大で静的に対して、ここクルカは小さくまとまっているが、動的な景勝地だ。水の流れも早く水量も多い。昨日より雨の勢いが強い。今日も通り雨のようだが、なかなか止まない。

2時間ほど滞在の後、アドリア海に向かう。途中から景色が変わり始めるとともに雨も止んだ。今までの高地の森林地帯から一変し、ここからは海岸に面した岩山の景色だ。

最初の町はシベニク、ここはマリーナもある観光地だ。

シベニクー4
<シベニクのマリーナ>

シベニクー1
<シベニクの教会>

城塞もあり、昇り見学する。上に昇るとアドリア海が一望でき海に浮かぶヨットの数も多い。まさに地中海的な景色だ。

シベニクー2

<城塞からの景色>

シベニクー3

ここで遅めの昼食。戸外のテーブルに座りスパゲッティとリゾットを注文する。注文してから食事が届けられるまで小一時間かかった。のんびりしたお国柄だ。

そして次はトロギールへ向かう。ここもマリーナに多くのヨットやクルーザーが停泊している。クロアチアはそれほどお金持ちの国とは思えない。海外のお金持ちの持ち船なのだろうか?

なつめやしが実をつけ始めている。黄からだんだん赤みを帯びてくる。

なつめやし
<なつめやし>

ここでも同じような城塞があり、かっての国と国の戦の残骸だ。

トロ城砦
<トロギールの城塞>

そして、教会のてっぺんにある鐘楼まで階段で昇る。かなり細くて急な階段だ。すれ違うのが困難な場所もある。帰りには後ろ向きに降りてくる。
今日は階段づくしの日だった。

トロ・塔
<教会の塔>

トロ・塔内
<塔の内部の階段>

トロ塔・景色
<塔から見た景色>

夕方17時が過ぎ、クロアチア第2の都市スプリットへ到着。19時の集合まで部屋にて洗濯。集合の後、食事に向かおうとするが雨が今にも降り出しそうな状況のため急遽スケジュールを変更しホテルコンサルの中で食事。トマトスープとダルメシアンプリンがおいしかった。そして翌朝8時半集合を約束して解散した。

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カテゴリ:旅行 | 17:04 | comments(0) | -
9月19日 スプリット⇒プロチェ⇒ストン⇒オレビッチ⇒コルチュラ島
昨夜12時半ころ寝たのに、暑さのため4時に起き出し窓をあける。
朝の冷たい空気が部屋に入ってくる。体が少し冷えたので、再度ベッドの中へ入る。今度は目覚ましの鳴る5時半に起床。部屋に張り巡らしたロープにかかった洗濯物もかなり乾いている。いつものようにシャワーを浴びる。

7時前に1階のレストランに行き、朝食。ここはソーセージが置いていない。その代わりハムがおいてある。特に生ハムがおいしい。少し固めだが、日本で食べるものより数段うまい。また、マスカットのような葡萄やオレンジもうまい。葡萄は水気は少ないが日本のものよりうまい気がする。こちらの土地は痩せていて、オリーブや葡萄しか育たないという。そのため、こんなにおいしくなったのだろうか?

その後海岸縁にあるディオクレティアヌス宮殿に向かう。ここも、世界遺産の一つだそうだ。途中の朝市には地元の野菜や果物が並び活気が感じられる。

デオ内部
<ディオクレティアヌス宮殿内部>

デオ内から
<ディオクレティアヌス宮殿から大聖堂を見上げる>

その宮殿を見学した後、隣の大聖堂を見学。

スプリット大聖堂
<大聖堂>

そしてその大聖堂のてっぺんまで5クーナ<約100円>を払って昇る。高さ数十メートルもある上に、手摺りしかなく恐怖を感じた階段だった。でも昇った甲斐があり景色は抜群だった。厚さのための汗と恐怖の冷や汗をかきながらも、5クーナなんて、ただ<無料>のような、本当に価値のある眺望だ。

スプリット港

<大聖堂から望むスプリットの港>

スプリット港2

ホテルへの帰りに不足しているクーナを作るためにユーロをクーナに両替した。

さて次の訪問地はコルチュラ島だ。途中のプロチェで昼食。ピザとスパゲッティとオムレツを食べる。オムレツがおいしい。

プロチェ港2
<プロチェの港・マリーナ>
プロチェ港

その後出発。途中、ボスニア・ヘルツェゴビナを通過。まさか異国を通過するとは、思いもよらなかったので心配したが、パスポートも見ず、簡単に通過。

塩田で有名なストンで塩を買う。ここの塩は昔から有名で、なんと万里の長城を彷彿させる防護壁や城塞を巡らせてその塩を外敵から守ったらしい。

ストン
<ストン市街から長城を望む>

ストン・長城
<車からストンの長城を映す>

オレビッチからフェリーでコルチュラ島へ渡る。待ち時間とトイレを借りるためにアイスクリームを食べる。おいしいアイスクリームだ。

フェリー
<コルチュラ島へのフェリー>

フェリー内
<フェリー内部・車がぎりぎりに積まれている>

フェリーから
<フェリーからオレビッチを望む>

途中、運転手からバッドニュースを伝えられた。コルチュラで泊まる予定のホテルが大雨の影響で天井が落ち、宿泊不可能になったという。そのため、ホテルパークに変更。ランクは落ちたが、泊まれないよりはまし、と納得。

夕食後、島を散策。

夕食
<バイキングスタイルの夕食>

コルチュラ夜2
<夜のコルチュラ市街>コルチュラ夜

おそい夕食を食べるのがこの国の習慣のようだ。大勢の人が十時を回っているのに夕食の真最中。女性陣は珊瑚のお店に揃って入って行く。女性の本性を垣間見る。

コルチュラさんご
<珊瑚のお店>

マルコポーロの生家を見る。マルコポーロはイタリア人かと思っていたが、この島の出身とは驚いた。生家は本当に小さな家だ。生家近くにある、石で作られたベンチに座り夫婦で写真をとる。マルコポーロも座ったかもしれないといわれている石のベンチだ。

また明日の日の当たる時間にも来るので、どんな感じの街なのか、もう一度見て見たい。

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カテゴリ:旅行 | 17:12 | comments(0) | -
9月20日 コルチュラ島⇒オレビッチ⇒ドゥブロヴニク<世界遺産>
今日は一度も夜中に起きなくて、5時半の目覚ましで起床。

シャワーしかないので体が暖まらない。洗濯物の乾きが遅い。6時のチャペルの鐘が鳴る。日本のお寺の鐘と違い異国情緒を味わう。

朝食のフルーツケーキがおいしい。トマトジュースもかなり濃厚でおいしい。庭のブーゲンビリアも美しい。

今日は8時45分集合。朝食のバイキングの後、出発。昨夜行ったコルチュラの旧市街へ再度散策。

コルチュラ市街
<コルチュラ島内の街並>
コルチュラ2

屋外レストラン
<開店準備のレストラン>

ぐるりと一周した後、マルコポーロの生家を訪問。昨夜は遅かったので入れなかったが、今日は入れた。2坪ほどの部屋のようだ。階段を上り詰めると屋上に出た。市街がよく見渡せる。

マルコ
<マルコポーロの生家の屋上から望む>

その後、バスに乗って町外れの村に行き、コーヒータイム。テーブルからまわりの海を見ながらのカプチーノは格別にうまい。

カヌーに乗った一団が沖の小島目がけて漕いで行く。このアドリア海の海はほとんど波らしいものが立たないようだ。何しろ水面と陸地の高低差が数十センチ、1mにも満たない。海の怖さを知っている日本人には信じられない事だ。

カヌー1
<カヌーの一団>カヌー2

再びフェリーに乗って対岸のオレビッチに渡る。

フェリーからコルチュラ
<フェリーから、コルチュラ市街を望む>

フェリーからオリトビッチ
<フェリーからオレビッチを見る>

そこから、最終目的地ドゥブロヴニクに向かう。2時間ほどのドライブだ。いつものようにクロアチア人運転手のロードレースが始まる。次々と前の車を追い抜いて行く。かなりの運転技術を持っているようだ。38歳でビューティフルワイフと2人の子供がいるという。ラテン系やスラブ系特有の明るさで接してくる。かなり気を使っているのがわかる。

2時間後、ドゥブロヴニクに到着。

今日のホテル・ウヴァラは4つ星ホテルだ。オーシャンビューの部屋で、今までで最高のホテルだ。昨日の臨時のホテルや、窓の閉まらない部屋や、エアコンの効かない部屋が続いていたので、まさに夢のようだ。終わり良ければすべて良し、これが最高!。

ホテルウヴァラ
<ホテル ウヴァラの正面>

部屋から出るとバスに乗って旧市街へ行く。8クーナ(約160円)が片道料金だ。10分後に到着。さすが世界遺産の街、世界中からの観光客で賑わっている。ユーゴの内戦の爪痕が今も残っている。シーズンのピークから外れているとはいっても、かなり混んでいる。城門をくぐり中に入る。メインストリートは城の中というより普通の町並だ。

ドブ市街
<ドゥブロヴニク旧市街>

ドブ門
<ドゥブロヴニク旧市街の城門>

ドブ内1
<ドゥブロヴニク旧市街の内部のメインストリート>ドブ内2

ドブ3

場内のレストランで昼食。イワシの空揚げ、ムール貝、イカの煮込みなどの魚介類や、イカ墨のドリアを食べる。少し塩辛いがうまい。他の皆さんの判断は私とは異なるようだが、ホテルのバイキングよりはうまいと感じた。

ドブ・レストラン
<ここで昼食>

昼食
<イワシの空揚げ、ムール貝、イカの煮込みなどの魚介類や、イカ墨のドリア>

その後、城内の教会や博物館を見学し、城をぐるりと取り囲む城壁を1周する。約1時間弱のコースだ。途中、市民の自宅に干してある洗濯物を見たり、葡萄やイチジクの実がなっているのを見ながら歩く。上下の動きが多少あるが、楽しい城壁回りだ。

博物館庭園
<博物館庭園>

ステンドグラス
<教会のステンドグラス>

かつては城兵が敵からの攻撃を見守るために歩いた城壁だが、今は観光客が歩くコースになっている。50クーナ(約1000円)だ。

<城壁めぐり>城壁2

城壁1

城壁3

城壁5

城壁4

このドゥブロヴニクは、案内書を読んで感じた静かな街という印象はすっかり消えてしまった。これは残念だった。
静かな古都を満喫したいと思っていたのに、現実は観光客が押し寄せる大観光街だったのだ。しかし、さすが世界遺産とあって1日中楽しく過ごせる城郭都市だ。
6時の閉門ぎりぎりに城壁1周を達成した。

ホテルにバスで帰還。今日はすばらしいホテルで休めるので幸せだ。

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カテゴリ:旅行 | 17:21 | comments(1) | -
9月21日 ドゥブロヴニク⇒モスタル<ボスニア・ヘルツェゴビナ>⇒ドゥブロヴニク
ホテルの快適さに満足。朝食は少し塩辛いが、おいしい。レストランの隣はプールになっている。肌寒いのに入る人はいるのだろうか?

今日は、ドゥブロヴニクを見下ろすスルジ山に上る。ユーゴの内戦時にセルビア軍にロープウェイと駅舎を破壊されたままで修復はされていない。そのため車で頂上へ上る。

スルジ山
<ドゥブロヴニク旧市街よりスルジ山を望む>

ロープウェイ
<内戦により破壊されたロープウェイの駅跡>

頂上からの眺めは、丁度ドゥブロヴニクの紹介カタログにある写真を撮った地域のようだ。ドゥブロヴニクの町並とアドリア海が一望できるすばらしいところだ。道も狭くすれ違いもできない道路だ。そのためか、頂上にはクロアチアのテレビクルーがきていただけで、観光客は誰もいない。

ドブ世界遺産
<これぞ、世界遺産の眺望だ!>

それからボスニア・ヘルツェゴビナモスタルにある世界遺産の石橋に向かう。

途中、スーパーに立ちより、ワインやお菓子を買う。先輩の奥さんが買われたナツメヤシの実をいただく。中近東ではこれと水だけで隊商を組んで砂漠を渡るという栄養価の高い食物だそうだ。甘みのある果物だ。

クロアチアの道路標識には、日本で見たことも無いものも多い。
これは、追い越し禁止の表示だそうだ。
標識

また、日本では見たことも無い細長い「いと杉」が、多い。
ヨーロッパの写真や絵画には定番の杉だそうだ。

いと杉
<車からいと杉を撮影>

今回ボスニア・ヘルツェゴビナへ行くことは少し勇気のいることだった。何しろ外務省のHPを見ると、危険地域(最低ランクではあるが)に入っている地域だった。

国境
<クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナの国境>

ボスニア・ヘルツェゴビナに入国。
モスタルの市内にも内戦での傷跡が今も残っている。

銃弾痕
<銃弾痕が今も残る建物>

ここは、イスラムの文化地域で、クロアチアとは全く趣だ違っていた。この石橋は1566年に建設された石橋でアーチ型が美しい橋だ。残念なことにユーゴ内戦で橋が破壊されてしまった。

モスタル橋1
<モスタルの石橋・世界遺産>
モスタル橋2

そのため2004年にユネスコの援助で再建されたそうだ。昼食はチェワッピというナンのようなパンに羊の肉を挟んだお好み焼き風のパンを食べた。これも少し塩辛いがおいしかった。しかし、完食したのは私だけで、誰もが半分ほど残していた。量も多かったのかもしれない。

チュワピ
<チェワッピ>

この橋の上から地元の若者が飛び込む。観光客向けのショーなのだろう、観客からお金をとっていた。川のこちら側はクロアチア人、対岸はイスラムの人達が住んでいるという。時間があったのでトルココーヒーを飲もうとして注文したら、クロアチア人側だったため、そんなコーヒーは置いていないと拒絶される。仕方がないので、カプチーノを飲む。

2時間ほどの滞在の後、クロアチア国内へ戻る途中で、ボスニア・ヘルツェゴビナの警察官の検問に引っ掛かる。スピード違反だ。クロアチア側でも追い抜く時にカミカゼ・スピードを出す危険運転手がとうとう外国で摘発されたということだ。その時の言い訳が、「日本人がスピードを出せとけしかけた」、と言ったそうだ。こちらで噂していた通りの言い訳だった。陽気でおちゃめな運転手の言葉だから、みんな大笑い!

17時に無事ドュブロヴニクに到着。ホテルの近くの水辺を散策。今までにないゆったりとした足取りで歩く。1時間ほどの散策の後、近くのスーパーで買物。ワインやウェハースや水を買ったりしてホテルへ戻る。

今夜もホテルのレストランでバイキング。どこのホテルも同じような内容だが、ここはうまい。明日は市内観光の後、飛行機にてザグレブに向かう。

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カテゴリ:旅行 | 17:31 | comments(0) | -
9月22日 ドゥブロヴニク⇒ザグレブ
今日の朝食集合は、7時半だ。かなり余裕のあるスケジュールだ。

昨晩も快適に寝られた。洗濯物も良く乾いている。ホテルの快適さが旅行全体の中で占める比率は大きいと感じた。荷物を預けて市内観光に行くので、荷物整理の準備を始める。

9時半に集合後、チェックアウトし、ドゥブロヴニクの旧市街へ再度赴く。市街の中のスカーフとネクタイの店に行く。このクロアチアは、ネクタイ発祥の地だそうだ。
そして、出店のおばさんの店では、ハーブの入った刺繍入りの袋を売っていた。我々は、ハーブなしで袋だけをお土産用に値切って買う。また、朝市でイチジクの乾燥とジャムを買う。

その後山手の城壁の近くまで上る。この辺りは観光客がほとんど来ないので静かだ。こんな雰囲気だとヨーロッパの古都を歩いているようなすばらしい気持ちを味わうことができる。こんな静かな情景がもっと続いて欲しいと思う。

12時、先輩と全員の待ち合わせの時間だ。
今日も一昨日行ったレストランで食事。それほどメニューが無いので前回とほとんど同じ。でも、結構おいしい。

食事後、アイスクリームを立ち食いしながらバスを待つ。ホテルへは、ミニバンが迎えにきて、空港まで送ってくれる。
空港には日本人観光客が大勢待っている。リサーチしてみると、一行の中にはビジネス席利用で80万円という旅行費を払った方もいるそうだ。

クロアチア航空の国内便でザグレブまで1時間のフライトだ。途中少し怖い思いもしたが無事に到着。ただ、私の荷物だけなかなか現れず、最後の最後に出てきたので心配した。もしかしたら積み残しかと気をもんだ。

空港にはあのカミカゼ運転手がお出迎え。ザグレブのパレスホテルまで送ってくれた。

最後の晩であり、しかもザグレブ観光もしないで帰ることになると心配された先輩が、我々夫婦を市内観光に誘ってくださった。

ザグレブの主だった所を案内していただく。歴史のある街だと感じる。

国立劇場
<クロアチア国立劇場>

建物

トラム
<市内を走るトラム>

大聖堂ー2
<聖母被昇大聖堂>

晩ごはんはスパゲッティとピザにした。今までで一番量のあるスパゲッティとピザだった。

9時ころ先輩と別れ、二人でホテルまで歩いて帰還。
今夜のホテルもあの立派なパレスホテルだ。浴槽も深く良く暖まれる。

明日は5時前に起床、6時に先輩が迎えにきてくださる。
心残りは、このホテルの朝食が食べられずに出発しなくてはいけないことだ。

これで、長かったようで短かったクロアチア旅行も最後の日を残すのみになった。

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カテゴリ:旅行 | 17:50 | comments(0) | -
9月23日〜24日 ザグレブ⇒フランクフルト⇒名古屋
朝4時50分起床。出発の準備を始める。

5時50分にフロントにおりるとAさんと先輩がもう待っておられた。Aさんは今日出発でもないのに朝早くお見送りをいただき、ありがたいことです。
昨夜は先輩夫人とIさん、Nさんもお別れのあいさつに来てくださった。本当に見習わなくてはいけないと感じる。

空港まで先輩の自家用車で送っていただく。少々の道路不案内のトラブルの後、無事に空港着。ここで先輩とのお別れ。次回の日本での再開を約束した。

航空券の引き換え後、通関。荷物検査も無事終わり、クロアチア航空でフランクフルトへの1時間余のフライト。
機内食は、今度は間違えずにハム入りのサンドイッチをゲット。前回は、言葉が通じず、チーズ入りのサンドイッチだったのだ。そしてトマトジュースを頼む。トマトジュースを誰も頼んでいなかったのが気になったが、やはりハズレ。あのドロドロした感触はなく、普通のさっぱりしたトマトジュースだった。

フランクフルト空港は巨大と聞いていたので、我々の乗る搭乗ゲートを前もって探そうとしたら、なんと電車に乗って次の駅まで進まなくてはいけない。電車を降り、搭乗ゲートは見つかったが飲食店は無い。行く時の5時間待ちの際に探しておいたハーゲンダッツのアイスクリームを食べたかったので、再度元の所まで戻る。ハーゲンダッツのアイスクリームをなめながら徘徊するも、何も無い。今度はマックに入ってホットコーヒーとハンバーガーを食べる。しばらくしたら、トレーを回収され追い出される。ベンチに座り、時間待ち。今ザウルスを打ち込んでいます。

あと1時間でこの場所を離れ、A56ゲートまで向かいます。搭乗手続きの後、出発が30分遅れた。

二人の席番号は、40Hと40Kだったので、もしかしたら離れ離れかなと思ったが、HとKは隣どうしだった。思い起こすと、行きはAとCだったが隣だった。どうもBとIとJが欠番のようだ。窓側2列。中央4列のためかもしれない。理由は、わからない。

離陸後しばらくすると食事の提供があった。
食事後、睡魔に襲われ5時間ほど寝てしまった。

目が覚め、しばらくすると日本時間での朝食タイム。カツカレーがメニューにあった。注文しようとしたが、機内の前半者が選択したため我々には回って来ず、機内はカレーの匂いがただよっていただけだった。

日本時間の8時45分無事セントレアに到着。気候の良さと操縦のうまさのためか、不安無く着陸できた。
セントレアで、携帯を返却。ユーロを円に換金し、スターバックスでコーヒーを飲んだ。
金山まで名鉄電車に乗り、長男の迎えの車でわが家へ無事帰還。

本当にすばらしい休暇を過ごさせていただきました。
現地での先輩ご夫婦の献身的なアテンドにより本当に楽しい旅行になりました。ありがとうございました。
旅を共にしたAさん、Iさん、Nさん、楽しい旅行をありがとうございました。心から感謝です。
さらに、この旅行中にも何のトラブルも無く、会社を守ってくださっていた社員の方々にも感謝です。

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カテゴリ:旅行 | 18:01 | comments(0) | -
クロアチア旅行記・エピローグ
クロアチアの紺碧の海の色と、屋根のレンガ色とのコントラストの美しい世界から戻ってきた。本当に夢のような9日間だった。10年前の内戦から立ち直り、今では多くの観光客をひきつける魅力ある国だった。

我々夫婦は、日本とクロアチアの時差が7時間ほどあるにもかかわらず、ほとんど時差ボケを感じずに旅行を終えた。

行きは、現地時間の夜中の12時(日本時間の朝7時ころ)に寝たので、徹夜後に通常の睡眠をとった状況だった。
帰りは、ルフトハンザ航空での昼食の後、疲れのため、すぐに寝入ることができた。そのお陰で、目覚めたら丁度日本時間の朝になっていたという状況だった。

これから考えると、素早く現地の時間帯に自分の体内時計をフィットさせる事が、時差ボケ解消の最良の方法だと思う。

また、16日<2日目>の半日以上にわたるトレッキングによって体がほぐされ、また鐘楼・塔への階段のぼりなども日ごろの運動不足解消に役立った。
いずれにしても、かなりのハードな行程を車で移動したにもかかわらず、腰痛にも会わずに済んだのは、ありがたかった。

私の腰痛が無かったことと同時に、家内のひどい肩こりも旅行中に起こらなかったのは、毎日が適度な運動状態だったのだと思われる。

日本での毎日が、如何に運動不足かを思い知らされた旅行だった。

今こうして旅行記を書き終えたが、健康が如何に大切かとつくづく感じる。
来年も再来年もまた10年後20年後もこうした健康状態で、夫婦揃って旅行できたら、本当に幸せなことだと思う。

家内の飛行機嫌いは、かなり解消した。
来年は、どこの旅行記を書けるだろうか?
楽しみだ!

   最後までお読み頂き、誠にありがとうございます。

   もっと写真を見たい方は

  <コルチュラ島>

  <モスタルにある記念遺産の橋>

  <ストン・塩の都市>


もしお時間があれば、私のブログにも立ち寄ってみてください。

セドナ旅行記 <+L.A. +グランドキャニオン>も、公開しています。

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